とりあえずSNS、の先にあるもの──SNS時代の過渡期を生きる

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暇ができたとき、何をしているだろう。

多くの人が、スマホを開いてSNSを見ているんじゃないだろうか。かつては「とりあえずタバコ」「とりあえずコーヒー」、あるいは「とりあえず趣味」だったものが、今では「とりあえずSNS」に変わった気がする。

この変化が、もしかしたら現代社会の活力低下に関係しているんじゃないかと思っている。


「暇つぶし」の変化が生んだもの

スマホがなかった時代、私は暇ができたら本屋に行って漫画を選んでいた。

表紙を見て、あらすじを読んで、「面白そうだな」と思ったものを買う。近所のレンタル屋では各ジャンルのランキング棚が設けてあったので、何も考えずにぶらぶらしてるだけで新しい漫画との出会いもあった。(漫画アプリでも各ジャンルのランキングはあるがあえて見に行こうとはしない…なぜだろう)

だけど今はどうだろう。スマホで漫画を読むこともできるんだけど、その前にSNSを開いてしまう。SNSでも漫画の情報は流れてくるけれど、それはアルゴリズムが選んだ「好きそうな漫画」ばかりだ。本屋で偶然手に取った、あの予想外の出会いが減ってしまった。

もちろん「本屋に行けばいいじゃん」と言われればその通りなんだけど、実際にはスマホを開く方が楽で、気づけばそっちばかりになってしまっている。

これの何が問題なのか。

昔、暇になったら人は趣味に没頭していたんじゃないだろうか。その時間から、クリエイティブなものが生まれたり、何か新しいことを始めるきっかけが生まれたりしていたはずだ。でも今は、ほとんどの人が同じプラットフォームで、同じようなコンテンツを消費している。

新しいものが生まれにくくなっているんじゃないか、と思ってしまう。


規制では解決しない

じゃあSNSを規制すればいいのかというと、そうは思わない。それは時代に逆行する行為で、こうした解決法はいつも機能しない。

大切なのは、今が過渡期だと認識することだと思う。

SNSが普及して画一化が進んでいるように見えるけれど、その先には、もっと多様な未来があるかもしれない。鍵を握るのは、AIの発達じゃないだろうか。


AIが変える、SNSの未来

AIが発達すれば、様々なジャンルに特化したSNSが生まれやすくなると思う。開発費も維持費も抑えられるから、個人でもSNSを運営できる時代が来るかもしれない。

たとえば、音楽に特化したSNSを考えてみる。

作曲家が曲を投稿する。AIが自動的にコンテストを開催して、評価を付けて、賞賛や賞金を出す。UIもAIが最適化してくれる──曲を投稿すれば自動でジャンル分けされて、ユーザーの趣味にマッチングしてレコメンドされる。

さらに工夫するなら、「投稿する側のSNS」と「聴く側のSNS」を分けることもできるんじゃないか。

投稿側では、初心者からプロまで様々な楽曲が並ぶ。一方、聴く専用のSNSでは、ランキング上位やコンテスト入賞作品など、質の高い楽曲だけが流れる。「初心者の曲なんて聴きたくない」というユーザーにも対応できる。

作曲者のモチベーションを保つ工夫も大事だと思う。たとえ多くの人に聴かれなくても、特定のユーザーが何度も再生していることが分かれば、「この曲はニッチだけど、誰かの心に深く刺さっているんだな」と実感できる。それだけで、創作を続ける理由になるはずだ。

AIがユーザーの趣味嗜好を把握して、ランダムに様々な作曲者の曲を流す。精度が上がれば、「おすすめ」が本当の「おすすめ」になる。作曲者は、自分の曲が好んで聴かれていると分かる。それがモチベーションになる。

音楽だけじゃない。漫画、小説、料理、写真、動画──あらゆるジャンルで、こうした専門特化型のSNSが生まれる可能性がある。

そうなれば、また多様なスペシャリストが生まれて、世の中は少しずつ面白くなっていくんじゃないだろうか。


AIは敵なのか

ここで一つ、懸念があるかもしれない。

「もしAIが発達したら、その分AI生成コンテンツだらけになって、人間のクリエイティビティが失われるんじゃないか?」

これも、過渡期の現象だと私は思っている。

器を例に考えてみよう。機械化が進んで、工場で大量生産されるようになってから、手作りの陶芸作品は確かに少なくなった。でも消えたわけじゃない。ほとんどの人は工場製の器を使うけれど、「ちゃんとしたものが欲しい」と思う人は、陶芸家の作品を買う。

AIコンテンツも、同じ道をたどるんじゃないだろうか。

プラットフォームが、AI生成と人間の創作を振り分ける仕組みを作るはずだ。今のAIは不自然に見えるかもしれないけれど、精度が上がれば素晴らしい作品も生まれてくると思う。人々がAIを受け入れる事ができるようになり、AIかそうじゃないかというこだわりを捨てて、“本当に面白い作品”を判断して選ぶようになれるのではないだろうか。作品は人を豊かにできているのならそれでその役割は果たせているのだと思う。

面白い話がある。高校生の姪っ子が、こう言ったことがある。

「人の声とか気持ち悪い。ボカロの方がいい」

正直、衝撃だった。でも、これからの若い世代は、AIの方を好む可能性がある。そうやって時代は変わっていく。それを止めることはできない。

私自身は人が生み出したものの方が好きだけど、AIを敵視する必要はないと思っている。私はAIは「補助的な役割」を担うべきだと思っている。人々がもっと効率的に、やりたいことを進められるようになる。それは素晴らしいことだ。だって、それによって人々の時間が生まれるんだから。


変化を受け入れる準備

今日から何をすればいいのか。正直、明確な答えはない。

ただ一つ言えるのは、SNSやアプリが簡単に作れる時代が来たとき、変化を受け入れる準備ができているべきだということ。

SNSが悪いわけじゃない。一人一人が、良い方向に変えようという意識を持つことが大切なんだと思う。

「昔に戻そう、SNSをやめよう」という時代逆行の思考じゃなくて、今を見つめて、変化を恐れず、でも流されるだけでもなく。自分なりに、より良いものを選び取っていく。

今は過渡期だ。だからこそ、より良いものをみんなで作って使っていくしかないんじゃないだろうか。

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